1995年『院長のひとりごと』より
2月

天災は忘れた頃に遣ってくるとは、今更ながら古人は云いえて妙なることを云ったものだと、改めて人間の深い智恵に感服する。いざその事が現実になると、普段では思いも寄らなかったうすっぺらな社会構造、忘れかけていた人間の本質を垣間見ることが出来る。★私達の爺さん、婆さん、父、母は敗戦の荒廃から不死鳥のような強靱さで立ち上がりました。世界の奇跡と持上げられ、身内の安全を謳歌していた私達の国。アメリカ文明という厚化粧を落とそうともせず、うたかたの栄華に酔い、権力争いにうつつを抜かし、足許が怪しくなったとき、黒い怪鳥は音もなく忍び寄り姿を現わしたのです。一瞬の間に沢山の人命が失われました。亡くなったお年寄りは今日の日本を支えた人達です。テレビの映像にちらほら子供、若者がみられます。本来、彼らがもつ未来のほとばしるエネルギーは社会の希望です。しかし、その光も陰が薄く見えるのは私だけでしょうか?★国会中継では貴重な時間を使い『総理大臣、政府の責任だ!』 『天災だ! 人災だ:辞職しろ』と元気に、感情的に政治家が声を出しているが、国民の一人とすれば、目糞、鼻糞を笑うの類の事であって笑止千万である。分限者であれば、泥棒さんに入られぬように防犯をするのは当然の話、それでもは入れれば主人は手当をするのは、当然の成り行きであり、結果については智恵を出し合い前後策を講じるであろう。この際、責任問題をいってなんになる。吉本新喜劇に出しものにしても全く受けない茶番劇だ。★動物には集団の危機に最して、学習効果が有るように聞いている。日本史を紐解くまでもなく近世300年間をみても地震、津波、火事、洪水等枚挙に暇ない。ほんの100年おいても、関東大震災を始め5指に余る天災で社会は混乱した経験をもつ。その中で、何故、どうして、緊急時対策システムが出来てこなかった事のほうが、私には解らない、解らない。★この天災発生がもう3〜4時間遅かったら。透析医療に携わっている我々としては、考えるだけで背筋に冷や汗が流れる。被災地区の透析医療施設の皆様の事を考えるとき他人事とは思えない。毎日の医療活動に心身をすり減らされ、患者さんの明日の事を考えるとき夜もまんじりと出来ないことであろう。その中で、今回の貴重な体験が今後の透析医療の緊急対策に新たな提案をして頂ければ、より安全な透析医療の一助になると思う。私も初心に帰り、安全管理点検をしようと思う。

3月
春めいた街並みをぶらり、ぶらりと歩いていたら、とある店先に小汚い竹細工と不格好な木片を組み合わせた楽器の様なものに眼がいった。良く見ると、まさしく小学生の頃、「ちょうちょ、ちょうちょ・・・」とひっぱたいていた木琴のようなものである。しかし、木の鍵板は左から右へ長さが短くなる様につくられているが、表面は凹凸、長さも全く適当に切ってある。その上、木片の下にはくりぬいた大小様々なひょうたんがぶら下がっている。荒削りで長さも不揃いな棒きれに、ゴムを巻いたばちがその上にのっている。どんな音がするのかといい加減に叩いてみた。心地好い木のふるえが、周りの空気を包む。味の違う薫りがたちこめて、突然、異空間にさまよう様な時が動く。そこを立ち去り難く周りをうろうろする。値段が高い、どうしよう、買いたい、まさに衝動買いの銭失いと思いつつ、ゴミの様な楽器を買ってしまった。(この楽器はアフリカ産らしいのですが、うれしさの余り詳しいことを聞き漏らしたのです。)★音色を言葉にしても、皆様に聴いてもらえない事を承知で私の詭言につきあって下さい。九本からなる板の音には私達の習ったドレミ・・・にあたる音階は全くない様なのです。どこを叩こうと私の知ったメロディーを作る事なんて知っちゃいねぇと鎮座しています。何となく気持ちのよい音を楽しんでいると、何か楽器は言葉の様な語りかけをしてくれています。★長い方の三本の木片は表面は粘土の様に土っぽく軟らかい木で出来ています。木の洞を音がこだまする様な、力強く、心に染みる、大地のにおいがする音です。中の三本の木片は表面が赤味のさした堅い木で、野原で人がペチャクチャと語り合っている様なのどかな音がします。高い三本は表面が軟らかく緑がかった淡灰色で森の梢を風がふれあう様な透明な響きをもっています。★出鱈目に二つの音を色々と組み合わせると、自然の中の音の出合いが心地好い様に不思議な世界を織なしてきます。
4月

春の訪れは私の体の中の細胞一つ一つをプツプツと揺り動かす。何かえたいの知れない未来への希望が湧いてきて自然の輪廻の不思議さを感じさせる。★拙宅隣地の小学校々庭。子供たちの被る赤や白の帽子が賑やかな声と共に芽ぶき始めた雑木の間より見え隠れする。小枝を飛回っていた目白より素早く、軽快に飛び回る。★太陽に向かって目を閉じれば思い出す。櫻の花と共に今までと違ってみえる自分に変身した錯覚に心地好い恥かしさを感じた日々を。鼻の下にうっすらと靄のような髭が生えたとき、腹の下からむずむずと言いようの無い体の揺らぎに戸惑ったことを。目を開ければ、ペンを持つ手の甲には茶色の染みが幾つも浮き祖母にも、父にも有ったな〜と想いだされる。春の風が何処からともなく空気を揺らし、沈丁花の香が頬に纏わりついてくる。体の中に残る一片の動物本能が目を覚ましたかなと思ったら、霞の様に消えてゆく。★朧月夜に白く霞む櫻の下でDCブランドで身を包み、世界に誇るカラオケ・マイクを小指を立てて小意気に握り、エイト・ビートで意味不明の横文字ポップスを腰をふりふりガナリたてりゃあ、私も貴方も幸せ一杯、脳味噌からっぽ。長生きするには世の中の面倒なことは陣笠先生に皆任せ歌って笑えば明日が来るよ。汗水流して苦労して貯めた金は世界一、円高なんて知らないが気がつきゃ使う前にスッテンテン。地が割け、霧が人を苦しめようが俺が俺がの村長争い。こんな国見捨てて、わしゃ知らんと思えども骨の髄まであゝ日本人。★江戸時代末期、日本を訪れた西欧の人達の日記を読むと、口々に極東の小さな島国の美しさを褒めたたえ、感嘆しています。その国に住む人々の穏やかさ、温かく濃やかな家族の絆、安定した社会秩序と礼儀正さ、そして人と自然との心地好い融合、人々の植物、動物への思いやりと優しさ等など。近代に向かいつつある西欧の人々には珍しさもあったでしょうがそれだけではなかったでしょう。★私たちの祖先は長い間培った文明を捨て去り、西洋近代文明を選択しました。私達は科学、情報、交通、経済そして医学等その恩恵に預かり今日を迎えています。★櫻の花が何時までも似合う国であるためには、明日の事を皆で話合い、考える時に来ています。それも、出来ることなら花の下で…。

5月
薄曇りの初夏の朝、真っ白いボタンの花が、ふわっと、ヤマボウシの新緑の木陰に咲きました。降り積もった白い雪が、障子越しの明かりで仄かに浮かび上がるような白さでボタンは佇んでいます。透き通るグリーンの風の中で、妖艶な美女の雰囲さえ漂ってきます。名前も「雪笹」と言います。歳とともに花への思い入れも変化してくるようです。西洋美人を思わせる深紅のバラより、着物の艶やかさを感じさせる淡いボタンの色が心を時めかす年齢になったようです。★皆様の会である腎友会が発足  周年を迎えられたこと、心よりお慶びを申し上げます。透析医療の医療技術基盤の未だ確立せず、まして医療行政、福祉制度の整わなかった時代に患者会を組織された皆さんの先達のご苦労を思うと頭の下がる思いがいたします。其れにもまして会員増加に伴い一層の結束努力に邁進されておられる役員のご苦労も大変な事と思っています。★今年に入り我々は未曾有の出来事、阪神大震災、サリン事件に見舞われています。沢山な人々が傷つき、命を失われました。其れに対し私たちの社会は十分な対応が出来たでしょうか。危機管理という言葉がさも新しい概念のごとく議論されています。  世紀を迎えるに当たり私たちは確実に高齢化、生産人口の減少社会を予測できます。その現実はすぐ目の前に見えています。本当の国の危機管理が準備、計画、知らされているのでしょうか。★透析医療は他の医療にもまして社会の変化に敏感に反応しながら今日を迎えたように思えます。透析医療はエレクトロニクス、分子生物化学、あらゆる分野の科学の進歩と共に歩み、国の社会医療福祉制度の元で安心して医療サービスを受けることが出来ています。皆さんの生活環境も少しずつ変化し、又してゆくでしょう。食生活、素材の変化、家族構成の変化も医療の内容を変えてゆく大きな問題となるでしょう。今後益々長期高齢化する透析医療体制をより安定した医療にするには、二つの問題を整備する必要があるように思います。一つは、皆さんの合併症、併発症に素早く対応できる病診連携の地域透析ネットワーク体系の確率であり、一つは地域の生活に密着した医療体系の様に思います。二つの体系が縦糸、横糸となり模様を織りなすことで次世代の透析医療の準備が出来ないだろうかと考えます。★ボタンの花は短く、早足に散ってゆきます。花柄を取り、お礼の肥料をあげようと思います。来年もきっと白い花に逢えるために。
6月
蛇の目の傘より僅かにのぞく紺の着流しと、白地に花柄模様の袖口。カラン、コロンと黒く鈍く光る石畳に軽やかに響きわたる高下駄の音。ゆったりと傘が一つ右から左へと移動してゆく、ある朝の路地。その時、影のような黒い固まりがスーと傘の中に吸い込まれバタバタと足早に遠ざかってゆく。パラパラと傘を打つ雨音だけが辺りを支配する。トンと傘が石畳に落ち、不安定にクルっと回る。呆然と立ち尽くす男と女。動かない傘に雨が降り注ぐ。男は音もなく崩れ、一筋の赤い糸が紅に広がってゆく。立ち尽くす女。今 東光 原作『続 悪名』の一シーンを思い出す。★『雨が降ります/雨が降る/遊びに行きたし/傘はなし/紅緒のかっこも緒が切れた』  柿渋の強い香りのする番傘は幼い子供の肩にめり込み、風が吹くと一緒に飛ばされそうで竹の柄にしがみついたものです。強い雨足が奏でる頭の上で響く心地よい音は、冷たく飛び散る土くれに濡れた足もとをも忘れさせる一時でした。低くたれ込めた雨雲が赤松の林を通り抜け、普段見慣れた小高い山々の谷を流れてゆくとき、山水画に見られる様な険しい峰みねの幻想的な世界を醸し出します。ほかの世界を知らない私にはちょとした旅気分を味わえたものでした。その頃の私には、何時か蝙蝠傘を持つことが小さな夢でした。高校に入り自分の黒い傘を買って貰ったとき、大人になったのかな、とこそばゆい思いがしたものです。★大学を卒業、僅かばかりの給料を貰った梅雨の頃、東京下町の鄙びた商店街を歩いていました。間口、二間程の傘屋さんがひっそりとありました。小父さんが黙々と傘を作っていました。薄汚れたガラス戸越しに黒い洋傘に混じって色とりどりの高級そうな傘が並んでいました。その中に深い緑色の生地で、細身な一本に目が止まりました。ガラ、ガラ。 『小父さん、此いくら?』 『8千円』私にとってそれは大金でした。初めての贅沢な買い物でした。長い間私にとって一番高価な持ち物でした。今も傘の柄に彫ってあった犬の顔を思い出します。★鬱陶しい梅雨の生活のなかに、私たちはたくさんの思い出を持っています。湿気を含んだ、緑色の季節は私たち、日本人の感性を豊かに育んできたようです。それにしても、長い間雨の中を歩いてないなあ。
7月
真っ白いユニフォームと、カルフォルニアの空のように青い帽子がマウンド上で軽やかに舞います。速い球、落ちる玉がバットを軽々と振り回す偉丈夫な男たちをきりきり舞いさせています。バックスクリーンに投げるのかと見間違えるフォームで体を捻る投球は個性的そのものです。日本のグラウンドでも活躍した投手が、本当の自分を表現できる舞台を見つけたように生き生きした緊張感がテレビを通じて伝わって来ます。ロスアンジェルスの球場を埋め尽くすファンは一球一球に立ち上がり新しいヒーローの誕生に熱狂しています。NOMO,NOMOの歓声は最早、野茂ではないようです。そこには、素晴らしい個性には大手を広げて受け入れるアメリカの大らかな国民性が感じられます。★私たちは日本球界より野茂投手を失ったことよりNOMOの誕生に、忘れかけていたゾクゾクするような感情を思い出させてくれています。戦後の日本に古橋、白井が、国力の復興期には長島、王、金田が私たち、日本人に夢と興奮と誇りを与えてくれました。私たち日本人はヒーローの出現を待っていたのです。出口のない迷路にさまよい込んだ様な今日の日本で、霧を吹き飛ばすような夢を待っていたのでしょう。★素晴らしいスポーツ選手を称えるには言葉の違いも、国の違いも、宗教の違いも越えています。鍛え上げられた筋肉の躍動に裏付けられた信じられない技量を見せられたとき人々は魔法を賭けられたように時を忘れます。そして、我に返ったときその人と時代を共有していることに感謝するでしょう。
8月
我が家の庭でも蝉がにぎやかに鳴く季節になりました。じゃん、じゃんと鳴り響く夏の交響楽団は昼寝の心地よい伴奏にもなりますが、気分の優れないときには、スイッチを捻って消してしまいたいこともあります。まことに、身勝手な俺だわい、と苦笑がでます。青々とした稲穂を波のように渡ってくる風を見ると、夏の暑さが体内でふつふつと生きている喜びに変わります。しかし、クーラーの利いた快適な部屋で過ごすことに慣れた体はいつの間にか夏の喜びを忘れそうで不安を感じます。★昨夏は猛暑と渇水で今頃、毎日不安に過ごしたことを思い出します。しかし、あの暑さの続いた肌の感覚は思いだそうとしても甦りません。それにしても、あれほどの社会不安に右往左往した出来事に一年たっても具体的な対応策も提示されない社会にも困ったものです。★今年、8月は終戦(無条件降伏をしたのに、敗戦でない、なんでかな)50年になる。書店の店頭には敗戦日本の戦後の混乱した世相を撮した写真集が数多く見られる。私が想像していたよりその時代の日本人たちの身なりが清潔でこざっぱりしているのが印象的である。焼け野原の中、食べるものも住むところも満足にない私の親や、祖父母たちの世代の人たちの表情が生き生きして見えるのは私の錯覚であろうか。日本中の子供たちが、丸坊主で、おかっぱ頭で、つんつるてんの親の作った洋服に下駄、草履。草深い田舎で育った自分と同じ様な顔、姿の写真は心を和ませてくれる。そして、自分の姿をその上に重ね合わせて、その時代を思い出させてくれる。★国と国の戦いは如何なる事態で始まり結末を迎えようと、一人一人の生活体験にとって悲惨な思い出しか残してくれない。戦争反対という前に、私たちの国はなにをしようとしたのか、明確にし、次の世代に事実は事実として伝える義務があると思う。そして、若者一人一人が自分の言葉で歴史を語れるような教育が必要と思う。原爆、空襲で沢山の人々が日本国内で亡くなった。もっと多くの人々が、南の国、北の国で亡くなったり、国を失った。それにも増して幾多の外国の人々を巻き添えにしたことを何時までも心の中に止め起きたい。★最近、喧嘩のような夕立が少なくなったことが淋しい。ピカと光って大地を揺るがすような雷鳴がないといくら暑くても夏らしくない。 
9月
季節の移り変わりは足音もなく忍び寄ってきます。朝の太陽は家並や木立を今までより心持ち細く長く影を落としています。今日もまた真夏日が続くのかと思っているときにいつの間にか秋が扉を叩いています。9月の暦が手に届く頃には今年も忘れることもなく朝、夕には虫の音がきこえてきます。★先日、岡山で市電に乗りました。残暑の厳しい日曜日どこの駐車場も空きを待つ長い車の列が続いていました。やっと確保した駐車場、市内移動をするため車をどうしようかと思っている時、同行の友達が言いました。『電車で行きましょう。』私の心の中には”電車”という乗り物の利用が思いつかず一瞬戸惑いを感じましたが、『それもそうだ』と、停留所に向かいました。★市電の中は空調が効き心地よく清潔な座席はほぼ満席でした。私達が吊革に掴まると”ゴト、ゴト”と静かに道の真ん中を走り始めました。車窓越しに渋滞してイライラしている車を見下ろしながら走る市電は気持ちの良いものです。景色は広々と開け、知らず知らずの内に肩の力が抜けゆったりとした気分になります。車軸を伝わってくる振動が30余年前都電を利用して通学していた頃の東京の風景を呼び起こしてくれます。★ガタン、ガタンと乱暴に左右に揺れながら走る都電は今にも脱線するのではないかとはらはらしたものです。御影石の間の二本のレールはよたよたと酔っぱらいの足どりのように心許なく前方に延びていました。黒い制服制帽の厳めしい運転手さん、車掌さんが手でもってドアーを開閉してくれ、時には『ありがとうございました』とも言ってくれたものです。浅草方面にゆく電車に乗ったとき何とも嗅いだことのない嫌な臭いに戸惑った記憶があります。何年かして、友達が同じ臭いをさせているので『なにを食べたんだい』と聞きました。『餃子』。そんなこともありました。夜更けともなると、暗い車内灯と油の染み込んだ木の床の臭いが、やけくそのように揺れる吊革に撹拌されていました。窓の枠にとりつけられた親指大の真鍮の手すりが乗客の手垢に揉まれ、鈍く光っていました。殆ど忘れかけていたチンチン電車のことが思い出されます。★時代は移り変わり、日本津々浦々の道路も昔に比べ言葉に表せないぐらい整備されました。海に山に快適な自動車生活が楽しめる夢のような時代を迎えることが出来ました。私達は未来を見通す日本の政治家達に感謝をしなければなりません。そして、一人に一台といっても過言でないぐらいの車社会になりました。自分の好きな時、好きなところにゆける車は豊かで快適な生活に満ちあふれた社会へと変貌しました。敗戦の後、私達の夢見た”アメリカのような生活”を手に入れることが出来ました。しかし、エネルギーの大量消費、そして大気汚染による環境、健康の破壊、社会モラルの低下、社会構造の変化のおまけまでは想像出来なかったでしょう。私達が最早手放すことが出来ない交通手段としての車、パンドラの箱は開けられました。神様、人間はどうすればよいのでしょう。
10月

ゴー,ゴトン,ゴー,ゴトン。トイレの少し開けてある窓の隙間より冷気と虫の音と共に懐かしい音が忍び込んでくる。私の家より北へ約2km,東西に走る山陽本線の夜行列車の走る音が北の風に乗って聞えてくる季節がやってきた。ぶるっと身を震わせて真夜中の滴を切る。それにしても最近とみに切れ悪し。年かな...。白髪に,遠目,膝の痛み,その上,これと来れば正真正銘のシルバー症候群の新人生だ。夜更けの個室で何を馬鹿な事を考えていると,ぶつぶつ独り事。この症状はヤバイぞとそそくさと夜具の中に帰る。自分の体温の温もりが心地よく再びまどろみの中へと入ってゆく。 初秋の空はうす水色のパレット。東の方向にある墨色の小高い丘陵をシルエットにして,ミカン色に空を染めながら朝日が顔を覗かせ肥大してゆく夜明け。低い穏やかな光の帯が庭の縁の隙間からキラキラと踊る朝,窓越しに望まれる東隣の小学校の校庭を囲んで植えられた濃緑の貝塚の木々が黄金色のベールに包まれ,長い,長い蔭を伸ばしている。クーラーの息も絶え絶えに朝を迎えた熱帯夜の真夏日が昔のように、窓を開けるとひんやりした空気が満たしてゆく。 広い校庭の中程で白いTシャツ姿の中学生らしい3人の少女が見える。長くすらりと伸びた手足を朝の冷気の中で,水の中で泳ぐ魚のように浮遊させている。茶色の犬が飛び跳ねながら回りを走る。それにつれ,跳動する3人の長い髪の毛が朝日の中で茶っぽく透明に,スローモーションの映像の様に空中を動いてゆく。一瞬,日本人の子かと目を凝らす。 軟らかな長い髪、面長の顔に柳腰、すらりと足元に流れる長い線。どこかで見たことのある女の風情。浮世絵の中歌麿の美人画を思い浮かべる。世の中が落ち着くとこの様なタイプの女性、男性が目につくようになることは歴史が教えてくれている。京の公家さんに、江戸時代のお殿様どこか上品で、下々に近寄り難い雰囲気を醸し出している肖像画を目にする。現代の若者たちの容姿が変わって行くことは日本の国がお上品になって行くことであろうか。 高齢者の増えつつあるわが国の明日、柳腰、優男達で、肥満した年寄り達を負んぶしてもらえるのかと老後を心配する。看護をしている人達の腰がポキ、ポキなんて悪い夢だ。蜘蛛の巣が張ったような寝起きの頭で現の世界をボーと眺めている。清々しい初秋の朝、頭をフリフリ階段を降りて行く。

11月

煉瓦色のグランドの上をスタンドの影が一刻一刻と伸びて行く晩秋の午後。残照に浮かび上がったマウンドの投手から放たれた白い球が、くっきりと暗くなったホームベースを横切り捕手のミットに吸い込まれて行く。肌寒い空気の流れがスタンドに染み渡る。一心に見つめる大観衆の視線は熱い固まりとなり白球と共にダイヤモンドを駆けめぐる。最後の一球が溜息と歓声に蒸発し、晩秋の傾いた夕日の中で日本シリーズは毎年毎年幕を閉じた。そして木立は黄ばんだ葉っぱを風に飛ばされ、日々冬の訪れを年の瀬の訪れを感じるようになる、そんな季節の生活の節目のようにも思える。★それにしても今年の日本シリーズはあっけなく終わってしまった。ナイターは、どうもしっくりこない。日本シリーズは秋空の下でなければ。時代の流れなのか、私の風物詩が消えて行くのは淋しい、それだけだが。★11月に近づくと庭の落ち葉も急に嵩を増してくる。夜の庭で肩を丸め座っていると風もないのに暗闇でかさこそと夏には聞かれない音が小さく響き思わず音のする方にに目をやる。虫が動くのか、枯れ葉が落ちるのか思わず息を止めてうかがう。★私は飽きもせず今年も七輪を引っぱり出し秋刀魚を焼いている。前にもこの事は書いたことがあるが、私にとっては一年の大行事なのでぶつくさ独り言と思って皆さんには我慢して貰いたい。始めた頃頃小学生だった娘も二十歳をとうに過ぎた。私の傍らで大根を黙々と下ろしている。七輪に炭をいれ丸亀で買った渋団扇で火口から風を送ってやる。火の粉がパチパチ飛び跳ね、炭がカン、カンと熾ってくる。青く光る秋刀魚を金網の上に載せると、白い切り口より脂が迸りボーと火柱がたち、焼けて行く。炭火だけの薄明かりで焼いていると気が付くと炭のように真っ黒になる。ちょうど食べ頃に焼くのも炭焼きの楽しみの一つだ。表面が黒っぽくそして身が白く焼けた秋刀魚に、冷たい大根下ろし、醤油、それを真っ白く立った新米の上に載せ口に頬張る。大根の甘さと、時々少し苦みのある臓物の旨さが口の中一杯に拡がるとき、私の秋がまたやってくる。それにもう一つ欲を言えば背中を少しばかり冷たい風が通り過ぎ、炭火がパチパチと鳴ってくれればもう言うことはない。★食べ終わりやかんの口から白い湯気が立つ七輪に手をかざす。そんな夕暮れも今年で13回目を迎えた。杉本クリニック開業9年目に入る。患者さんたちの顔、そしてお世話になった人達、一緒に働いた人達、これから成長しようとする人達の顔、私を支えてくれる人達が次から次へと火の中に浮かんでは消えて行く。10年目を目指し初心を忘れず充実した一年にしようと思う。

12月
時はめぐり生き生きと風にそよいでいた木々の葉っぱも色あせ一枚、一枚と舞い散る。透き通った初冬の青空に真っ黄色に浮かび上がっていた銀杏の木もすっかり葉を落とし空に向かって枝を伸ばしている姿もまた美しい。西の山裾の斜面にたっている一本の銀杏の木に気が付いたのは夕暮れ間近い頃だった。薄暗い雑木林の切れ目から浮かび上がるように楕円形の黄色の円形が目をひいた。少し遠くて夕暮れのため何かなと思った。円の真ん中に樺色の幹が上空に伸びている。落葉がつくった円だと気が付く。車で通る度に円は少しずつ形を崩し色あせ大地に沈んでいってしまった。木々の一年は終わり来春に向かって新しい生命の息吹を吹き込んでいくのだろう。★最近本川達雄の著書『ゾウの時間とネズミの時間』を読み、目から鱗がおちるというのはこの事と膝を打った。最近の説では『物理的時間』と『生物特有な生理的時間』があるという事である。私達の心臓は一秒間に一回『ドン』と打つ、二十日鼠の様な小さな生き物はもっと早く『トン、トン、トン』、象のような大きな生き物は『…ドン』と打つそうなのである。そしてあらゆる細胞、組織の動きも同じように周期を持つそうである。その関係を少し難しく言うと生物の時間は体長に比例するとのことである。そして一生に打ち続ける心拍数、すなはち 『心臓時計』は動物の大きさに関わりなく15億回打ってめでたく死ぬことになるそうである。それがそれぞれの動物の持つ寿命で二十日鼠で物理的絶対時間として2〜3年、インド象で70年だそうである。共有環境、地球に生きている様々な生命にはそれぞれの生理的時間軸があり当然違う生き方があるように思える。私達人間は地球生物の一員に過ぎない。しかし私達はあまりにも他の動物の世界に干渉しすぎているように思える。★生物としてのヒトサイズの平均的寿命は  ・3年だそうである。縄文時代は31歳、そしてつい最近まで私達の平均寿命は50歳であった。それがいまや80歳。それは安定した食糧供給、安全な町づくり、頼れる医療これらに莫大なエネルギーを使用することにより可能になったのである。そして現代は世界に張り巡らした情報網、交通網により信じられないような社会を生み出した。言葉を換えれば私達はエネルギーを消費することにより時間を容易に買うことが出来るようになった。私達が創造した技術により得られた社会の時間と本来持っている生物の時間との極端なギャップは現代人のストレスとなり個人にも社会にも多大な影響を及ぼし始めてた。★今年日本で起こった事件の根本を探っていくと私達が創り上げた社会のひずみが浮かび上がってくる。アジアの一角、日本の中で育った私達。長い時間をかけて醸成された『還暦』、『輪廻』などで表現される独特の生命感、時間感。風土に裏打ちされた独自の価値観、倫理観そして民族の品位を見直す事により今日の混乱した社会を立て直せるものと思う。其れが50年か、100年掛かるか分からないが。