2024年4月
 医療の分野では仕事を身体で覚えることも必要、と言われます。当院でも診察や処置の手順、透析に関する手技など多くの例がありますが、考えてみれば自動車の運転や衣服の着脱など日常生活も身体が覚えていることが大半です。
 残念ながら一定の年齢になってくると、それまで出来ていたことが出来なくなる時があります。自動車の運転も、誰でもいつかは卒業が必要になります。そのほか多少の物忘れや記憶力の低下を実感されている方は、私も含めて大勢おられるでしょう。
 その一方で80代になってもスマホやパソコンを使いこなす方や、ずっと農作業を続けておられる方をお見かけします。毎日繰り返していれば、新しいことを覚えたり身体に染みついた仕事を続けたりということも無理ではありません。ちょっと忘れかけても、また繰り返してみると料理や手作業、歌など様々な事柄を思い出すことがあるようです。手足や身体の動きは、私達の脳に大きな影響を与えていると言われます。
 最近は人工知能の発達が目覚ましく、いずれ多くの仕事が機械に奪われるのではないかという声も聞かれます。ただ手足や身体の動き、声の出し方を通して学習する人工知能ができるのはまだ先でしょう。身体から覚えるのは人間の方が得意です。
 毎日を忙しく過ごしている人に比べると、独りぼっちで特に何もしていない自分には何の価値もないなどとつい考えることがあります。「毎日おんなじことの繰り返しで、もううんざり。」などと言われる方にも時々出会います。ただ私は、他人には簡単に見えることでも毎日続ける姿勢に、人の尊厳を感じることがあります。そもそも私達の周囲に何の価値もない人がいるのか、大変疑問に思います。
 私のような少々頭でっかちな人間も、自分の手足や身体のはたらき、声のあり方を意識することで、日常をもっと豊かにできるのかもしれません。身体で覚えた習慣の繰り返しは、なかなか侮れないようです。
もみじ4月号 四方山話より