2021年9月
 連日の日本選手メダル獲得の思い出を残して、東京オリンピックは終わりました。総社市もギニアビサウの選手団を受け入れ、その活躍を応援しました。コロナ感染が広がる中で大会を開催してよかったのかどうかは分かりませんが、仕事の合間にオリンピックの報道に接しつつ、色々なことを考えさせられました。
 開催の賛否について意見が大きく分かれるオリンピックというのも初めてのことでしたが、人種や性の違いへの差別や、自国の政治に関する状況などに苦しんできた選手に関する報道も今までになく多かったように思います。オリンピック出場に向けて選手の皆さんは大変な努力を積み重ねてこられましたが、それは練習や節制がきついというだけでなく、様々な差別や威圧的な支配といった社会的な試練に耐える苦労もあったことが示されました。
 体調を崩した方を診察するのはもちろん私の仕事ですが、何か他の理由で辛そうにしている人にもほぼ毎日接します。声をかけても何が辛いのかは言われないケースも多く、その辛さや生きにくさの原因がどこにあるのかは結局もやもやしたままです。
 何かの苦しみを抱えた人は、つい周囲に荒れた言動をぶつけることも多くなります。事の是非はともかく、そんな人のありかたを、理由は分からないなりに受け入れ続けるのも私の仕事であるようです。これはもう逃れられない一種の定めなのかもしれません。院長として働き続ける中で、どうもそんな気がしてきました。
 メダルで表彰されるような華やかさは透析医療や地域医療にはありませんが、様々なものを担いながら自分の道を登り続ける価値を、オリンピックの選手達は教えてくれた気がします。今日も与えられた仕事を果たせることと、こんな私達を支援して下さる方々に、改めて感謝の意を表します。

もみじ9月号 四方山話より