2020年5月

 高度に発達した現代医療でも、新型コロナウィルスに対しては今のところ治療薬もワクチンもありません。ひとたび感染すると重症化してしまう可能性もある病気に対して治療法がないというのは、私も含め多くの医師にとって経験がないことです。多くの方々が不安な気持ちになっておられるのはよく分かります。
 圧倒的に強い相手から喧嘩を売られ、一方的にやられっぱなし。例えは悪いようですが、今の世界が置かれた現状はこんな感じでしょう。打ちのめされ、踏みつけられ、仲間が次々やられていく状態で、気持ちまで落ち込んでいくようです。
 思えば私は誰かと喧嘩したり何かで争ったりして、勝った、という経験がまるでありません。いじめられ、脅されてもやり返すこともできず、ただ我慢するだけ。どうにも情けないことではありますが、それでも運がいいのか何とかここまでやってきました。もちろんそれは、こんな弱くて駄目な人間にも、どこからか助けの手が数限りなく差し伸べられてきたからに違いありません。有難いことです。
 今は世界トップレベルの研究者が新型コロナウィルスのワクチンや治療薬の開発に邁進していると聞いています。政策や保健行政においても、私からすれば驚くほど有能な方々が日夜対策を練っているのが分かります。人類はいつまでもやられっぱなしではない、と思います。
 今よりも状況が悪くなることもあり得ますが、更にその先には必ず回復の時が来るのではないでしょうか。私にはこれから、こういう信じる力が試される気がします。根拠の怪しい情報や言葉に踊らされてはいけませんが、落ち着いて、先の希望を見失わない姿勢はきっと正しいのでしょう。しばらくは辛い状況が続くでしょうが、そこから本当に脱出した喜びを、一人でも多くの方々と分かち合いたいと願っています。

もみじ5月号 四方山話より