2016年5月

 「世界でいちばん貧しい大統領」と言われていた方が先日南米から来日し、一部では随分反響があったようです。そういえば何年か前「お金がなくても幸せ」というあるアジアの若い国王夫妻も、来日して歓迎されていた気がします。「お金のない大統領なんて本当にいるのか」と疑う方が当然だと思いますが、注目したいのはそういう大統領や国王が多くの共感を呼んだということです。
 日々の暮らしの中で人を羨むような言葉を耳にすることはありますし、逆に何かを自慢する人を見かけることもあります。この二つは一見反対の立場にあるようですが、よく思い出すと実は同じ人が時に羨ましがったり、時に「どうだ」と言わんばかりであったりのような気がします。冒頭の元大統領や国王夫妻に実際お金がないのかどうかはともかく、卑屈になることもおごり高ぶることもない自然な姿勢は一貫しているのではないでしょうか。考えてみれば、それは簡単なようでなかなかできないことです。
 熊本で大きな地震があり、透析患者さんを含む多くの方が被災されました。災害からの復興には多額の資金と大勢の人手が必要ですが、大したお金も権力も持たない自分には何もできないのでしょうか。そうではないと思います。人を助けることで自分が救われる。人の親切に心から感謝する。他の人のために自分が少し我慢する。そんな助け合いの輪は全ての人に開かれている筈です。
 一見弱く小さな自分達も、大きくて力のある人達に負けない何かを持っている。そんな確信を持っている人は、傍にいるだけで何だか勇気づけられるような感じがします。病気や災害の苦難や社会的な圧力と戦う日々の中でも、お金や権力を超えた救いや幸せへの道は必ずあると信じたいものです。

もみじ5月号 四方山話より