2011年10月

厳しい残暑や熱帯夜が一段落すると、秋の夜には虫の声が聞こえて来ます。ずっと岡山に住んでいますと虫の声といっても特段どういうこともないのかもしれませんが、暑苦しい時期が終わってくれたんだなと実感できて何だかほっとします。
 
こおろぎか鈴虫か分かりませんが、注意していなければ鳴いていることにも気付かずに過ぎてしまいそうです。しかしふとした時に何となく虫の音に耳を傾けていると、少しずつ気持が落ち着いてくるのが分かります。窓から緩やかな風が部屋に入って来るのも心地よい感じがします。私たちの日常をひっそり穏やかに支えてくれている存在が改めて思い出されるような気持ちさえしてきます。
 気付けば私も医者になって十数年が過ぎ、もうあまり若いとも言えない年になってきました。医師とは専門職の代表であるようにいわれますが、専門家の役割には余計なことは言わないということもあるように思います。医者は医者であって、政治家でもビジネスマンでも評論家でもないわけです。人にはそれぞれの立場と役割に応じて自分の考えを言わねばならない時と、余計なことは言うべきではない時とがあります。私などが調子に乗ってつい偉そうなことを言ってしまう時というのは、こおろぎが蝉の真似でもしているようなものなのでしょう。テレビで見かけるような、自分がよく知りもしないことをさも分かっているような顔をして喋っている人たちと実は私も大差ないのかもしれません。
 「頑張ろう、日本」の掛け声の中で今の自分に何ができるのかと考えた時、ふと出てきた言葉は「続けること」です。毎日の生活ではお互いの敬意や思いやりを感じる時も勿論ありますが、冷たい拒絶や攻撃に直面することもあるでしょう。けれど自分の信じる細い道を歩み続ければ、きっとどこかへ辿り着くように思います。一寸の虫にも五分の魂と言います。むきになって人に言い返したり謙虚さを忘れたりしそうになる私に、秋の虫は何かを教えてくれるようです。

もみじ10月号 四方山話より