2009年4月

 春です。梅に桜や桃は勿論、チューリップに沈丁花など春は様々な花が次々に咲く季節です。「世界に一つだけの花」という歌が数年前に流行ったのをみなさんご記憶でしょうか。よく知らないという方はどなたか周囲の人にでも訊いてみて頂きたいのですが、人間一人一人それぞれの個性を大切にしようという強いメッセージが込められた曲です。これが何百万という人に支持されたこともあるのでしょうか、「自分らしさ」「自己実現」など個人や個性を大事にする姿勢に接することが昨今では増えました。
 医療の世界でも画一的な治療を押しつけるようなあり方から、人それぞれの考え方を重視する「セカンドオピニオン」「インフォームド・コンセント」などの考え方が存在感を強めています。また職場の飲み会や社員旅行などは、若い人が嫌うからという理由もあってか下火になる一方だそうです。気詰まりな相手と長く一緒にいるよりは、できるだけ自分の好きな様に過ごしたいという欲求も至極当然といえば当然です。しかし自分を大切にするというのは、自分と合わないものを排斥する、ということではない筈です。自分はこうしたい、私の考えはこうですという意志を持った時、人は自分とは違う考えや意志を持った他人の存在に必ずぶつかります。
 人の考えを尊重するとか相手の言い分を聞くということは言うほど簡単ではありません。ふと気付くとどちらか一方が畳みかけるようにまくし立てていたり、対話を拒絶するかのような冷たい沈黙が現れたりと、歩み寄りには多大な労力が必要です。「もう勝手にすればいい」という諦めや無関心が頭をもたげてくることもあります。冒頭の歌があれだけ支持されたのは、実は個性の花をきれいに咲かせる難しさに悩む人が多いということでしょうか。
 戦車や機関銃の銃口から花が咲き始めたという映画も以前にありました。言葉や沈黙の応酬で互いの意志をぶつけ合うことも、生きる上では避けられないのかも知れません。であればなおのこと色々な花が咲く様子を共に眺め心を和ませる時間も、我々には欠かせないものなのでしょう。何だか花見に行きたくなってきました。

もみじ4月号 四方山話より