2008年5月
 医療の現場で患者さんから不評をかうことで、待ち時間が長いとか十分説明をしてもらえないなどといったことの他に、診察室で先生が自分の方を向いてくれない、ということが増えています。これは電子カルテが増えてきて医師は限られた時間のなかコンピューターに向かって診察の所見であるとか検査や処方の指示などを打ち込むのに大わらわで、とても視線を患者さんの方へ向ける余裕もない、ということも背景にあるようです。話し言葉にしても紙に書かれたものにしても、言葉があれば確かに必要な用件は一応相手には伝わります。しかし、それでは何か足りないよと感じるのが人情なのでしょう。
 目は口ほどにものを言い、とか、顔に書いてあるよ、という表現があります。嫁姑の争いではありませんが「ひどい、お母様、わたくしそのようなこと少しも申しておりませんわ」とか「おやおや、私がいつそんなことを言いましたかねえ」などと口では言っていても、顔つきや態度はありありと何かを表しているということを見聞きしないでしょうか。人が何かを伝える手段というのは、言葉だけではありません。最近は携帯電話や電子メールの普及で、離れたところにいる人にちょっと連絡を取るのも随分手軽になりましたが、大事な用件は直接会って伝えるべきだと言われます。感謝や労り、お詫びやお願いなど、誤解を招かぬようにきちんと相手に伝えるには言葉を正しく使うことも大切ですが、そこにどう気持ちを込めるかということを考える必要があります。
 特に体調の悪いときや気分の滅入っている時期に、相手の些細な言動の裏の意味を考えたり、疑心暗鬼に陥ったりしやすいことがあるものだと思います。その多くは取り越し苦労なのですが、逆に話し手のちょっとした気遣いがあれば聞く側が余計な不安や不快感を抱かないですむはずです。医師から患者さんへの説明などはその典型なのでしょう。私も書き物などしながら口だけで話しや返事をしたりする傾向があります。診療時間内にはやむを得ない部分もあるのですが、カルテを書きながら「お大事にー」などということは極力避けたいと思います。
 
もみじ5月号 四方山話より