2008年10月

 私の通勤途中にひどく道幅の狭いところがありまして、対向車が来るとなかなか苦労します。『お前が後ろへ下がれよ』『いや、あなたこそちょっとバックして下さい。』、とでも言わんばかりのにらみ合いの末、どちらかが折れて相手に道を譲ることになります。まず相手に先に行ってもらう穏やかな人、我をあくまで押し通す人、ドライバーのあり方も様々です。お互いの顔も見えにくい行きずりの対向車とのやりとりには、意外と人間の素顔がさらけ出されるのかもしれません。旅の恥はかき捨てなどと言いますが知り合いのいないところや誰も見ていないところでこそ、その人の中身が現れるということでしょうか。
 選挙が近づいて来ますと候補者は自分の能力や業績、人柄などを懸命に有権者に訴えます。日頃の生活でも自分がいかに必死で努力したか、あるいはどれだけ周囲に貢献したかということを誇示したり、さりげなくアピールしたりする人によく遭遇します。自分のいい点や苦労している所を人に理解してもらうのは大切ですが、本当に世の中に役立つ行為や自分を高める努力というのは案外ひっそりと行われているのではないでしょうか。
 ちょっとだけのつもりで間食をしても、足下に落ちているゴミに知らん顔で素通りしても、他の人にばれることはまずありません。けれどほんの些細なことでも人のいないところで自分を律することのできる人と、そうでない人の差はじわじわとしかし確実に開いていきます。また傲ることなく大きな声を上げることもなく、黙々と淡々と自分にできる努力をしている人たちには、お互いの立場を超えて何も言わなくとも通じ合うものがある筈だと思います。
 一人でいるときの私の姿など、恥ずかしくてとても皆さんにお見せできるようなものではありません。冒頭の狭い道では対向車に道を譲ってもらうこともあります。先日も子供たちの姿がないのを見すましてこっそりジュースを飲もうとしたところ、「あ、お父さんだけズルーイ」と4歳の娘が飛んできました。さっきまでいなかったくせに、どうやって嗅ぎつけたのか。天網恢々疎にして漏らさずとは大げさですが、私には子供の目さえごまかすのは容易でないようです。

もみじ10月号 四方山話より