2007年12月
 年末には様々な催しの宣伝を目にすることが増えますが、舞台やコンサート、ディナーショーなどがある中最近は意外に落語家の出てくるイベントが人気だそうです。なぜ今頃になって落語の人気が上がってくるのかは分かりませんが、かく言う私も通勤の車中では古今亭志ん生や立川談志の噺を愛聴しております。
 父が買い込んでいた落語のCDを片端から拝借して聴いているのですが、その中にはよく分からないものもありますし、録音が古く聞き取りづらいものも混じっていたりします。しかし始めのうちはなんだこれと思って聞き流していたのに、次第にその世界に引き込まれるようになりました。落語という話芸はちょっと聴いてすぐ大笑いできるというものではなく、むしろ聴いていて笑い出しそうになることは多くはありません。ただ登場人物たちのやりとりにおかしみがあり、噺全体がユーモアに包まれているのは間違いないでしょう。落語の世界では、別れや病、貧乏に喧嘩といった題材も多く含まれ、登場人物たちが様々なやりとりや活動を繰り広げるのですが、その全てが噺家の口を通してユーモアや暖かみにくるまれて語られます。
 落語なんか聞いていると不真面目だ、とかもっと真剣にやれ、などというお声がかかるかもしれません。けれども若い医者に落語を聴くことを勧めている人もいますし、実際に高座に上がって素人落語に取り組む先生もいるそうです。人を茶化したり笑いものにしたりする昨今のテレビで見受ける冷たさではなく、与太郎も因業な大家も威勢のいい職人もいい人も悪い奴でも、みんなそれでいいじゃないか、という人間そのものを肯定的にとらえる姿勢を落語の笑いには感じます。正しいこともすれば狡いこともしてしまう人間に対して暖かい視線を向ける落語を聴くことで、何だか救われるような気がするのが人気の秘密なのでしょうか。
 年末のあわただしい時期などには、私も物事に対してついつい批判的な気持ちばかりが先行しがちになる時があります。落語でも聴きながら「それでもいいじゃないか」というゆとりを持つことも忘れずにいたいと思います。ただし噺の内容に気を取られて車の運転がおろそかにならないようには注意致します。
もみじ12月号 四方山話より