2005年11月

最近、主人公が次第に記憶をなくしていくという外国の映画が話題になっていますが、私も診療の中で高齢の方を中心に最近物忘れがひどくて困りますというお話を時々伺います。以前の事はよく覚えているのだけれども、最近のことをすぐ忘れてしまうのだとか。確かに我々みんな、子供の頃の記憶というのはいつまでも残っていますし、またあの頃は今よりも色々なことが自然に頭に入っていったような気がします。人の名前や物をしまった場所、何かの暗証番号なども忘れてしまうよりはよく覚えている方が確かに生活の上でも便利です。忘れるというのは忙しい現代の世の中では不便で、あまり有難くないことかもしれません。大切な約束や取り決めを忘れてしまっては社会的な信用は損なわれかねませんし、大事な記念日を忘れたりすれば家庭不和の種になるでしょう。私も妻との記念日を忘れそうになって慌てた経験があります。逆に自分の好みやお願いしておいたことを誰かがちゃんと覚えていてくれたというのは何だか嬉しいものです。
けれども何もかも全て覚えておくなどというのは土台無理な話で、頭の中にしまっておける事柄の量にはどうも人によって限界があるような気がしてなりません。そもそも「忘れる」ということは悪いことばかりなのでしょうか。
例えば辛いことや嫌なことというのはどうしても暮らしの中にはついて回りますし、笑って水に流すという言葉もあります。過去にあった辛い思い出にずっと苦しめられるより、忘れることによってその苦しみが薄まるほうが有難いでしょう。大切な人のことをちゃんと覚えているのは優しい思いやりと言えますが、忘れた方がいいことはさっと忘れることも知恵の一つであるように思います。一つの事にくよくよいつまでもこだわらない、気分を転換する、といった考え方に現れるようにストレスの多い現代の生活を送る上では、何かをしばらく忘れることは精神衛生上にも良いようです。できるだけ笑顔で毎日を送るには、忘れるとまでは行かないまでも嫌なこと辛かったことにはちょっと頭の片隅に行って貰って、自分が好きなことや、次にやるべきことなどを考える方がいいでしょう。
物忘れがひどくて困るというより、最近はあんまり色々気にしなくなったんです、ぐらいに思って過去の嫌なことなどは忘れてしまうのはどうでしょうか。

もみじ11月号 四方山話より